2022年5月16日
NPO福島ダイアログ 理事長 安東量子
2011年の震災後10年が経過し、この間、気候変動、パンデミック、そして先般のロシアによるウクライナ侵攻などの世界状況の変化が、身近な生活にも影響を及ぼすようになっています。
今後も世界的に社会状況が急速、かつ、大きく変化していくことが予測されるなか、原発事故後の福島における生活の復興を第一にダイアログを続けてきた本NPOの活動についても、今後の活動の方向性について共有しておくことが必要な時期であると考えています。
2022年4月定例会のミーティングと総会での議論の結果、以下のような認識が提示されました。
1:原発事故後の福島の課題はいまだ残るものの、これまでのような大きな動きはなくなると思われる。一方、この先も廃炉、処理水、中間貯蔵施設、帰還困難区域の問題を中心とした放射線防護にかんする課題は長期にわたる。
2:放射線量の減衰にともない、放射線防護が前面に出る段階は過ぎた。一方、ICRPの活動を基点としてはじまった福島ダイアログが、放射線防護をその活動の核として残し続けることは重要であるし、今後も役割を果たすことができるのではないか。
3:放射線や福島の復興という枠だけにとどまらず、ダイアログという形式は、意思決定のスタイルとしてユニークであり、応用と発展可能性がある。
上記の意見を受けて、以下のようにこれまでのダイアログの活動の意義について整理しました。
A: ダイアログという形式
福島ダイアログの討議スタイルは、ICRPが導入したものですが、その方法論はチェルノブイリの支援活動を経て、ヨーロッパで開発されたIDPAメソッドに触発されたものです。(参照:『取っ手のないスーツケース』NPO福島ダイアログ、2021)
この方法論では、話し合いからなんらかの結論を出していくことも可能ですが、福島ダイアログで重視してきたのは、結論を出す以前の段階で、いろんな立場の人たちが状況を共有することによって、なにが課題であるか、それぞれが理解を深めていくことでした。
類似の住民参加の議論のスタイルは他にもありますが、日本国内では散発的な動きとなることが多く、ICRP時代から含めれば10年に及ぶ継続的な活動を続けてきた福島ダイアログの経験は、日本国内においては極めて特異的で、資産とすべき貴重な活動経験だといえます。
B: 現在進行形で蓄積された「語り」の歴史的意義
もうひとつの特徴は、10年に及ぶ経時的なダイアログは、多様な参加者の「語り」によって構成されていることです。つまり、福島の原発事故後のその時々の語りを、現在進行形で経時的に記録してきたことになります。
時間が経過するにつれ、どのように原発事故の記憶を伝承するかが大きな課題となってきています。記憶は、時が過ぎるとともに風化するだけでなく、変質することが常です。
また、伝承されるのは、少なからぬ場合、その時々の「社会」が求める記憶のみで、必ずしも当時の状況を反映した語りが伝えられるわけでもありません。
こうした記憶の伝承をめぐる一般的な状況を考慮すれば、福島ダイアログが記録してきた、当時のままの「語り」は時間の経過とともにさらにその価値が高まると考えられます。ダイアログのたびに積み重なる「語り」を記録として保存するのみならず、社会に共有しやすい形で提示する作業は、原発事故後、数少ない経時的「語り」を有する福島ダイアログの活動として重要なもの考えます。
C: 震災後のネットワーク基点
福島ダイアログは、国内外の多様な関係者が集う場として活動してきました。福島県の被災者のみならず、国内外の専門家や行政関係者、また地域活動や支援活動を行う人、職業として取り組む人、報道関係者なども含まれ、これだけ幅広い人々が集う場は、類を見ないものでした。そこで培われた平等、かつ相互扶助的な信頼関係といった共有された価値観も貴重な資産です。
上述したダイアログという形式の実績と発展可能性、語りの記憶の伝承について、このつながりを通じてさらに深め、広げていくことは、原子力事故の技術的、人間的課題への理解を促進することとあわせて、日本のみならず、世界の発展に資するものだと考えます。
以上から、これまでダイアログの活動として蓄積してきたものを社会に還元し、またより豊かにしていくため、福島ダイアログの活動の今後の方向性として次のように行ってまいります。
- 福島ダイアログの出発点となるICRP(国際放射線防護委員会)の指針を引き続き踏まえつつ、
- 原発事故後の「語り」の場の継続的な維持とこれまでの「語り」の伝承とさらなる普遍化と、
- これまでに培ってきた福島での地域活動、国内外を結ぶネットワーク基点と機能しつつ、
- 福島の長期復興プロセスに加え、広く社会の意思決定プロセスに資する活動としてのダイアログの実績と展開可能性をさらに深め、広げることを、
- 主体的に行っていくことを目指します。
以上