2021年11月28日に福島県双葉郡楢葉町の「みんなの交流館 ならはCanvas」を会場として、NPO福島ダイアログ主催で第23回福島ダイアログが開催されました。
コロナウィルスの感染状況は落ち着いていた時期でしたが、事前に感染状況を予測することが難しいため、会場には登壇者とパネリストのうち可能な人だけ集まり、その様子をオンライン配信するハイブリット形式の開催となりました。
初めての形式のため、技術的なトラブルも若干あり、ご迷惑をおかけしましたが、会場まで足を運ぶことが難しい海外や国内の遠隔地の方にも、気軽にご参加頂けるよい機会となりました。
処理水を話題にすると、「賛成か、反対か」の結論を議論することが多いですが、私たちは、そこを問題としませんでした。 参照:プログラムの「開催のねらい」
賛成・反対の結論を出す以前の、「互いにどう考えているのか」という現状認識の共有がなされていないことが、まず向き合うべき大きな課題であると考えたからです。
また、賛成・反対に焦点を当てることによって、対立ばかりが目立ち、かえって議論がしにくくなっているこれまでの状況に対する危機意識もありました。
開催に先立って準備をするなかで、「話しにくい」という理由で参加を断られた方が複数いらっしゃいます。そのなかには、以前、勇気を持って人前で意見を言ってみたところ、その後、心ない言葉を投げつけられ、語ることができなくなったと言われる方もいらっしゃいました。
処理水は、海洋放出するにせよしないにせよ、廃炉と同様、長期に渡って対応が必要とされる課題です。特に、福島県や近隣地域に住む人たちは、数十年もの期間、折に触れ、この問題に向き合わざるを得ません。そうした状況のなかで、この話題について話すことができないことは、暮らしにくさに直結します。
原発にかかわる問題については政治的イシューとして捉えられがちですが、処理水は私たちの暮らしの問題でもあります。暮らしやすい地域にしていくために、処理水についてまずは話せること、話してもいいんだ、と思える雰囲気を作っていくことがなにより大切なのではないか、というのが今回の第一目的でした。
また、今後数十年に渡って長期の対応が必要な課題であることから、この先、主要なステークホルダーとなる壮年・若年世代をメインボリュームと考えました。
会全体としては、よりよく現状を共有し、円滑な議論を行うために、以下の構成としました。
1:現在までの事実関係の状況整理
2:もっとも影響を受ける産業の現状
3:海外の同様の事例紹介
4:専門家からの視点
5:上記に加えて県内外の参加者を加えたダイアログ
日本では、処理水についての議論が膠着しています。もう議論すべき論点はないかのような印象が広がっているのではないかと思いますが、今回、地元/県外/海外、一般/専門家などの多様な立場の方たちを集めたダイアログを通じて、まだまだ議論すべきことはあるし、また、現在の行き詰まりを改善していく方向もあることが見えてきたと思います。
会が終わった後の会場には、話し合って理解が深まったことによる達成感がありました。また、参加者のあいだにはオンライン参加者も含めて連帯感も生まれていたような気がします。これがダイアログのなによりの魅力であることをあらためて感じました。
視聴頂いた皆さんからの感想アンケートも、熱意溢れたものが多く、会場の雰囲気を、オンライン経由で共有頂けたことも嬉しいことでした。長時間にわたってご参加、ご視聴頂いたみなさまに心から御礼申し上げます。
当日の内容は以下のようなものでした。
※まとめの文責はNPO福島ダイアログにあります。実際にどのような内容であったかは、リンクしてあるYouTubeの動画や発表スライドにてご確認ください。
1:処理水問題のこれまでの経緯 小山良太:福島大学 →発表資料
福島第一原発構内で発生する処理水の取扱を議論するために資源エネルギー庁が設置した「多核種除去設備等(ALPS)処理水の取扱に関するアルプス処理水の小委員会」(2016〜20年)の委員も務めていた小山良太さんから、小委員会でどのような議論がなされてきたのか、その経緯と、現在問題になっている点をお話しいただきました。
2020年2月に公表された「報告書」では、処理方法を決める前に、現状について国民的な議論を深め、十分に国民の認知度を上げることを提言したこと、また、現在、政府と東電に対する信頼がないことが大きな問題であることが指摘されました。
国民や諸外国に対して、情報の受け手が必要とする情報をきちんと伝えられる「的確」(≠正確)な説明が必要とされているとの重要なご指摘もありました。
2:四倉ホッキ漁の取り組み 佐藤文紀氏 : 四倉ホッキ組合 →発表資料
いわき市四倉でホッキ漁を営んでいる佐藤さんからは、四倉ホッキ組合の取組をご紹介いただきました。2011年の東日本大震災による津波による物理的被害とその後の原発事故による操業自粛を経て、モニタリングで安全を確認しながら操業再開をしました。沿岸で養殖を行うホッキ漁は、サスティナブルな漁業形態で、産業としての将来性も期待されます。根強く残る風評が販路回復と拡大の妨げになっているとの認識から、現在は各種イベントなどでのPR活動に力を入れているとのことです。
3:観光・飲食業の観点から 管野貴拓氏 : 松川浦観光旅館組合 →発表資料
相馬市松川浦で観光業をされている管野さんからは、震災前から観光地として人気だった松川浦の現状についてお話がありました。景観と海水浴、新鮮な海産物目当てで多くの観光客が訪れていた松川浦ですが、津波で大きな被害を受け、その後の原発事故の影響もあり、観光地としての未来は一時危ぶまれていました。
現在は、「浜の駅」が開業し大盛況になるなど、観光再開の動きが進んでいます。一方、津波被害によって旅館の数が減ってしまったこともあり、震災前の状況に短期的に戻すのは難しいとの実情があります。そのなかで、新たにできたスポーツ施設や自然環境を楽しむエコツアーなど、工夫を加えて地元の魅力を活かしながら、未来に向けた松川浦の観光を作り上げている様子をお話いただきました。
4:農業の観点から 数又清市 : JAふくしま未来 →発表資料
福島県県北地域と相馬地域を管轄するJAふくしま未来の数又さんからは、原発事故後の農畜産物への風評被害の状況をお話いただきました。
全体的に農畜産物の価格は回復傾向にあり、全国平均との価格差は徐々に縮小していますが、一部の品目では影響が残っています。一方、風評が起きる原因として指摘される流通の納入業者と納入先の認識の齟齬(納入業者が納入先は福島産品を避けていると思い込んで仕入れを控える傾向)は、前回調査よりも改善傾向にあります。
処理水を放出することによって、過去10年間の努力が台無しになってしまうのではないかとの懸念と、政府や東電による国民への説明が十分ではなく、その上、東電の不祥事が続出していることから、信頼度が極めて低いという問題点が指摘されました。未来の子供たちに何が最良なのかを考えることが必要だとの指摘もありました。
5:福島の処理水に対する韓国の認識とコミュニケーションの状況 イォク・ハン氏 : 韓国放射線防護学会 (発表者の要望によって、資料の公開は致しません)
韓国放射線防護学会のハン氏からは、福島での原発事故にまつわる韓国国内の状況をお話いただきました。
事故が起きた時に、韓国国内では事故にかんする衝撃的な報道が大量に溢れ、国民のなかに危険性が強く印象づけられました。その影響が現在まで続いています。日本と韓国の政治的問題も絡み、韓国国内でも専門家と国民の意思疎通はきわめて難しい状態であるなかで、両国間で情報を共有しながら正確な知識に基づいて粘り強いコミュニケーションを行っていくシステムを作ることの重要性が指摘されました。
6:PUBLIC INVOLVEMENT IN NUCLEAR DECISION-MAKING: REFLECTIONS ON CANADIAN NUCLEAR CONTEXTS
ピッパ・フェインシュタイン氏 : カナダ → Presentation
カナダの法律家であるフェインシュタイン氏からは、原子力にかんする意志決定プロセスの理論的裏付けと、カナダでの実践例についてお話いただきました。
原子力にかんして、専門家や行政当局と一般の人びとがどのようにコミュニケーションを取るかは、カナダのみならず、世界的に大きな課題になっています。科学的なリスクのみの問題ではなく、社会全体へのインパクトを踏まえた上でのアプローチを取ることの重要性と、透明性やデータへのアクセスのしやすさを確保した上で、地域の人びとを十分に巻き込みながら意志決定していくことの重要性が指摘されました。一方、カナダでもこうした意志決定への努力は続けられながらも、必ずしも実践し切れていないということも紹介されました。
7:保健物理学会としての取り組み 吉田浩子氏 : 日本保健物理学会 → 発表資料
原子力・放射線利用に伴う人と環境の防護の学問・技術である保健物理(放射線防護)の日本国内の専門家団体である保健物理学会が、福島第一原子力発電所事故後に行ってきた活動について報告されました。
専門家集団としての職責を果たすため、放射線防護の視点から、処理水についても技術的な問題のみならず社会的な問題にも目を向け、解決に向けた支援を行っていくこと、また、専門家団体のもつネットワークを活用した国際的な枠組みで協働していくことも説明されました
8:フランスでのANCCLIの取り組み イブ・ルールー氏 CLI/ANCCLI:フランス原子力活動への市民の社会関与) → Presentation
フランスのCLI(地域情報委員会)の全国組織であるANCCLIのルールーさんからは、フランスでの活動についてご報告戴きました。
フランスでは、原子力施設の立地地域の住民と事業者をつなぐために、全国の原子力施設それぞれでCLIを設立することが法的に義務づけられています。原子力安全と放射線防護のための中立的な、関係者の団体であるCLIの設置と整備は、1977年から長い時間をかけて行われ、2015年に法的に位置づけられるました。
一般の人を巻き込んでいくためには、信頼や情報共有、透明性などが重要な要素になりますが、同時にそれは、長い道のりで、時に忍耐が必要となることがフランスの経験として紹介されました。
9:ダイアログ
ダイアログは、ファシリテーターの出すひとつの質問に対して、参加者が全員 同じ時間だけ、順に答えるというやり方です。参加者のあいだでの議論は行われません。他の人の発言を妨げることや、他の人の発言を否定することは認められていません。
ファシリテーターは、安東量子、参加者は、佐藤文紀さん(途中まで)、菅野貴拓さん、秋元菜々美さん、木村謙一郎さん、吉田浩子さん、大沼進さん、Yves Lheureuxさんの7名でした。
質問1;処理水について現在どのような点が問題であると思うか、またその理由について話して下さい。
問題としてあげられた内容は多岐にわたりました。
ひとつには産業の問題です。
水産業を持続可能な産業にしていくこと、そのために、後継者対策、消費者の魚離れといった元々の課題に向き合っていく重要性や、地域としても、浜の魅力を生かし、その可能性をより向上させていく必要性が指摘されました。試験操業に対する補償のあり方が、実際に産業の可能性を伸ばしていく方向になっているのか検討を要するという指摘もありました。
意志決定にかんする指摘もありました。
沿岸の産業に携わっている参加者からは、海洋放出に反対するという結論はかわらないものの、どうせ言ったところで政府の方針は変わらないという諦めがあるが、できることをやっていくつもりだとの意見がありました。
また、廃炉を含めて長期に渡る問題であるのに、若い世代が意見を表明する機会がない、中通りなどの離れた地域では関心がないわけではないものの、自分たちにはこの問題についてかかわる資格がないのではないか、などの意見がありました
こうした意見からは、今回の意志決定にあたって、そもそも「ステークホルダー」とは誰なのかといった点から十分な共有ができておらず、また、ステークホルダーからは意志決定に十分に参与できていないとの不満が強いことが伺えます。
これらに対して、10年前の震災の発生直後、行政が多忙で手が回らなかったときに、地域の区長たちが自発的に話し合い、対応をはじめたという経験から、自分のまわりの課題に向き合っていく住民の自発性を信じることも可能なのではという意見がありました。
東電や政府に信頼がないことがそもそもの大きな問題であることも複数から指摘されました。
信頼の醸成には時間がかかりますし、問題が複雑であることから、その対応策を見つけていくにも時間が掛かります。長期的に取り組む必要があり、そのための態勢を作っていく必要が指摘されました。
原子力問題そのものにかんする疲れがあるのではないかとの指摘もありました。
質問2;政府、東電、そして県外の人に望むこと。
賠償の制度的な問題点が指摘されました。
これまでになされてきた賠償は、一方的にお金を渡すようなものになっており、そこでの産業を前向きに立ち上がらせるような制度になっていませんでした。現在、改善はされてきたものの、まだ工夫が足りません。地元の人はここで生きていかなくてはならないし、地域をよくしていきたいと思っています。政府や東電は、寝た人を寝たままにしておくような制度ではなく、がんばっている人を助けられる制度にしてほしい、との意見がありました。
また、ふたたび意志決定についての指摘が多くありました。
議論を深めて行くために、対立するのではなく、ともに歩み寄る必要性があることも指摘されました。歩み寄りは、まず、決定権を持つ政府や東電が行う必要がありますが、住民側も歩み寄る必要があるのではないかとの指摘もありました。
政策的課題については、対話も重要ですが、最終的に誰かが何かを決めなくてはいけないのも現実です。人それぞれに考え方が違い、判断基準も違うなかで、その判断の正当性は意志決定のプロセスにかかってきます。
意志決定は、住民だけではできず、また、行政だけでもできません。また意志決定が問題になるのは、処理水だけではありません。それ以外の多くの政策的課題で共通する問題です。福島の処理水の意志決定の仕方をひとつのモデルケースとなるよう取り組んで、意志決定における倫理、哲学が作り上げられたらいいとの指摘もありました。
フランスからは、たとえば、決定を行ったらそれきりではなく、問題があれば一時停止し、改善するなど、プロセスの検証が可能とすることも必要なのではとの指摘もありました。問題が複雑で、一筋縄にいかないからこそ、長期的な観点から考え、うまくいかなかったときにはやり直せるような仕組みを用意しておくことが重要も指摘されました。
また、福島に住んでいる自分たちは、福島だけではなく、水俣や沖縄といった他の地域でも同じことが起きているそのことに思いを馳せてきただろうか、との自省もありました。
議論の全体を通じて、一方的でないキャッチボールのできる関係の構築が求められていると感じました。信頼は、一緒になにかを生みだしていく作業(協働)を通じて培われていくものです。政府が一方的に決め、住民は従うだけでは、信頼関係は未来永劫作ることはできません。
また、福島だけの問題だと考えると、発想も選択肢も狭まっていく一方ですが、海外でも、また日本国内の別の場所でも同じような事例があり、様々なあり方が試みられていると知ると、他の事例を参考にしながら、より柔軟なあり方も可能になるように思いました。
10:議論のまとめ
ティエリー・シュナイダー : CEPN, ジャン=フランソワ・ルコント氏 : IRSN
11:総合討論, 終わりの挨拶
会場からの質問への回答と、ダイアログの参加者に今回ダイアログに参加しての感想を伺いました。皆さんがダイアログに参加したことを前向きに評価して下さったこと、また、会場のなかで一体感が生まれたことが大変嬉しく思いました。